2022年5月12日木曜日

第60回 母の日作文 入選

  大阪日日新聞社主催の第60回母の日作文「わたしのお母さん」にて、今年も本校生徒2名の作品が入選いたしました。内1名は「大阪日日新聞賞」を受賞いたしました。

 福岡君の作品は、皆勤賞を受賞したことをきっかけに、自分がいかにお母様に助けられていたかということに気付き、さらに自分が生きているのは、多くの人たちに支えられているからだ、と謙虚さも芽生えています。

 田山さんの作品では、一年間お母様と離れて暮らしたことで、今まであたり前にしてもらっていたことが、どれほどありがたいことかを深く理解し、感謝の気持ちを自分の頑張りで返したいと述べています。

 二人の生徒の心の成長とともに、お母様の子どもたちへの深い愛情が伝わってくるような、気持ちが暖かくなる作文でした。全文を紹介いたします。

大阪日日新聞賞 2年生 福岡 虹亮「僕の皆勤賞」

 終業式の日、僕は皆勤賞をもらった。皆の前で、皆勤賞をもらって先生に「よく頑張ったね」と言われて、とても嬉しかった。自分でもよく頑張ったと思っていた。眠い朝も、雨がたくさん降った日も、一生懸命通った。そんなことを考えていると、ふと、僕のそばでいつも朝起こしてくれて、お弁当を持たせてくれる応援団がいる事に気づいた。部活や学校の行事で、朝早いときでも、「頑張って行ってらっしゃい」と嫌な顔ひとつせず、笑顔で送り出してくれるお母さんだ。僕は朝がとても苦手で、明日こそ一人で起きようと思っていても、気持ちの良いふとんから中々出られなかった。お母さんは、毎日、自分が疲れている日も遅刻をしないで起きて、僕を起こしてくれた。元気なく出かけた朝も、「友だちが待ってるよ。部活も頑張れ」とメールで元気をくれて、それを見る度に、頑張ろうと力が湧いてきた。部活も一度も休まず行く事が出来て、一生懸命、休まず頑張っているから上手くなったと褒められた。お母さんが、どんな事でも一つの事を頑張り通すとすごい力がつくよと言っていた意味が分かった。そして僕が皆勤賞をもらえたのも、お母さんという応援団がいてくれたからだと思った。この皆勤賞は、僕だけのものではなくお母さんの皆勤賞でもある。皆勤賞をもらった事をお母さんに言うと、とても褒めてくれた。その賞状をお母さんに渡した。不思議そうな顔をしたお母さんに、これは2人の皆勤賞だよ。一人では頑張れなかったけど応援団がいつもついて励ましてくれたから出来た事だと言うとお母さんは、とても喜んでくれた。何事も自分が頑張る事も大事だけれど、その頑張りの後ろに、たくさんの支えがあることにいつも感謝して、これから色んな事に向かっていこうと思っています。そして僕も誰かを支えてあげられるような人になりたいです。


入選 2年生 田山 末莉「自慢の母」

  私は去年、兄の進路の都合で母と一年間離れてくらしていました。中学に入りたての私は慣れない生活でストレスがたまっていく上に、母がいない事にとても不安と寂しさをかかえながら生活していました。そんな日々を送っていくうちに、母のいだいさを、とても感じるようになりました。毎日あたり前に感じていたおふろそうじや朝ごはん、洗い物など全部自分でやってみると、大変なことばっかりで、毎日してもらっていた事がどれだけありがたい事なのか改めて感じました。母の大切さに気づいていくうちに一年が経ち、母が帰ってきました。そこからは学校であった事をおふろでゆっくり話したり、一緒に買い物に行ったり、とても幸せです。このありがたみを知ったからこそ、前みたいに甘えてばかりじゃなく出来る事はどんどん手伝おうと思いました。そしてこれまでの恩をかえしたいと思いました。そこで私には何が出来るか考えた時に、部活で成績を残す事だと思いました。母はいつも応援してくれて私が部活をせいいっぱいできるようにサポートしてくれます。なのでその期待にこたえられるように今よりもっと努力してがんばろうと思います。改めて母の大切さをしれたこの一年は感謝の気持ちをたくさん伝え、どれもあたり前じゃないことをしっかり理解して生活をしようと思いました。そして部活も勉強もがんばって母をよろこばせたいです。


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